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死んだら灰になるだけさ、と笑ってみた。(或いはメメント・モリ)

2010年01月16日

『ゲゲゲの鬼太郎』の目玉のおやじ役で有名な田の中勇氏がお亡くなりになりました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

昨年のカリスマ集団崩御もそうですが、悲しいと思う気持ちはやっぱり有るんですが
それを嘆き、「時よ止まれ」と立ち止まるのは如何なものかと思います。

この世の永久不変であり唯一絶対の事柄は「生物の死」。
生まれ、老いて死んでゆくのは抗いようのない事実。
何らかの形で気持ちを傾けていたものが死んで悲しい、と思うのは当たり前のことです。
けれど其処から動かないのは余りにも馬鹿げています。
老いるというのはとかくネガティヴに捉えられがちですが、言い換えれば成長するということでもあります。
成長=芸に磨きがかかる、深みが増す。
しかし、もしもの話、死を厭うあまり時間を止められたとしたら、それは同時に成長をも止めてしまうのです。
立ち止まれば轍は絶え、後に続く者もなくなってしまう。
その事実を知っていても死んでいった者へ涙を流すのは
その者の死と共に自分の思い出やその頃の感情も一緒に死んでしまった気がするんでしょうねぇ。

ガンジス川の畔で「死んだら灰になるだけさ、と笑ってみた」と宣ったのは長渕剛ですが正にその通り。
残された者が泣こうが喚こうが逝った者には関係ねーです。
だって死んでるんだもんよ。
そんなの知るわけねーもんよ。

フィルムやCD、ビデオ、DVD、雑誌などその者が生きた証があればそれでいいじゃないか。
それだけじゃ駄目なんですか?

と言い切ってしまう私は特別冷めてる訳ではない筈…。
「それちょっと違うんじゃね」と思われても仕方ないけどね。


最後に。
『鬼太郎』はアニメでしか知らないと言う方。
機会があれば原作を是非読んで下さい。
正義のヒーローではなく、もっと人間に近い鬼太郎が見られます。

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田の中勇氏

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