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露悪的ドラマチスト

2009年01月21日

ジョージ秋山原作の土曜ドラマ『銭ゲバ』始まりました。

以前、某SNSで友人が原作のレビューを載せていて「黒い」と評していたのが気になっていて
原作を読まないままに今冬、松山ケンイチ主演の連続ドラマになると聞きこれはとりあえず観てみないとと思い初回放送、しっかり観ましたよ。
以下、ネタバレも含みつつ。

(原作と明らかに違う記述がありましたらコメント欄で指摘をお願いします)
舞台はある港町。
少年・蒲郡風太郎は病弱な母と貧しいながらも慎ましく暮らしていた。
学校でも風太郎は貧乏の子と罵られていたが、優しい母の愛を受け、自身も新聞配達をしながら母を助けていた。
「お金よりも大切なものがあるのよ」と笑う母。
だが確実に病魔に犯されゆく母を見て風太郎は思う。
「お金があれば母さんを助けられる」
「お金持ちになって母さんに楽をさせてやりたい」
そう心に決めていた矢先。
ずっと家を空けていた父親がいきなり帰ってきた。
放蕩三昧の父は家を荒らし、母が工場で得た少ない手取りと風太郎が必死に貯めていた駄賃を奪い
彼の顔にも消えない傷を負わせ、嵐のように去っていった。

心労が祟った母が帰らぬ人となったことで自暴自棄になった風太郎は
ある夜、酔っ払いの財布を抜き取ろうとしたところを偶然居合わせた叔父に見つかってしまう。
「お金に困っても悪いことだけはしちゃいけない」
と咎め、諭す叔父に叫ぶ。
「お金がないから母さんは死んだ」
「世の中は金で出来てるんだ」
「金のためなら何でもやるズラ」

気がつくと叔父はぐったりして動かなくなっていた。
風太郎が握り締めていたものは真っ赤に濡れたバット。
皮肉にもそのバットは母が亡くなる前に叔父が彼に与えてくれたものだった。

といった感じで初回放送では青年となった風太郎が金に目の眩んだ同僚を手をかける姿と彼の過去を絡ませながら進んでいきました。

ドラマでは「アンチヒーローとしての主人公を描くだけでなく、お金がないということ・あるということ、本当の幸福とは何かをコンセプトに進行」していくらしいのですが
原作の連載当時(1970年代)の時代背景と西暦2000年を過ぎた現在とでは描ききるには無理が生じるような…。
いやしかし、これは時代背景のギャップや金に執着する滑稽さを意識から取り払って
物語の核になるものを「考える」のではなく「感じる」ドラマなのでしょう。

この後、風太郎は造船所の社長令嬢に取り入り、悪行の限りを尽くします。
金に執着するあまり人でなしの「銭ゲバ」に変わり果ててしまったのは
主人公が誰よりも愛情に餓えていて、誰より純粋であったから。

また、正義感や幸福などを描いた似たようなテイストのドラマに山本康人原作の『打撃天使ルリ』がありました。

こちらは世の中から迫害されようとも自分の正義を貫く女性を映し出したもので
善悪の概念では『銭ゲバ』の対極に位置しますが、物語を覆う陰鬱な空気はかなり似ているかと。

『ルリ』は尺の都合かそれ以外の理由でか、放送後半になると物語として破綻している部分も幾つか見受けられましたが
視聴者にはそれに目を瞑らせ「感じさせる」ことで、正義とは何かを描ききっていたと思います。

人々の鬱屈とした衝動が黒く変わるとき、人間の心に眠る「悪」が露わになります。
いつ終わるとも知れぬ闘いの日々に身を投じたルリの物語はハッピーエンドとは言えない仄暗い空気を残しつつ閉幕しました。

1970年代に輩出された一人の男による闘争を描いた作品を改めてこの2009年・冬に放送するからには、予定調和の爽やかなエンディングは1ミリも望んでいません。

醜い闘争がどう描かれてゆくのか楽しみにしています。

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